台風や嵐は割りと好きな代表の生熊です。
雷とかでテンションが上がるタイプです。。
先ほど地下鉄で沢山のご婦人グループに囲まれましたが、
この連休を使ってのお出かけなのでしょうね。
台風にも負けないお喋りで、
雨が降っていてもきっと楽しいんだろうなぁと何だか微笑ましくなりました。
ちなみに、わたくしは諸事情ありまして3連休中2日は仕事です^^;;
その諸事情についてはまた後日。
さて、
前回からしばらくありましたが
今回も「わかっているけど難しい」という案件をテーマにします。
それは「他人と一緒にグループで仕事をする意義」です。
ある一つのプロジェクトや業務に対して
担当ごとにメンバーを割り当てて仕事をすることで
一人でするよりも多くの量をこなすことが出来るし
補い合ってさらに上質な仕事が出来る
というものなんですが、、
私は、結構この方法が好きで
様々に応用して多様な業務をこなすようにしています。
組織という言葉はあまり好きではないのですが
それでも、複数の人がいて役割分担が出来ると
そこは必然的に「組織」となるので、
「組織」には必要な方法であり、推奨していくべき方法である、、というのは
わかってます。そりゃそうなんです。。
でも・・・
という所に今回はちょっとスポットを当てます。
突然ですが・・・
わたくし、
めちゃ器用なんです。
さらに理解も早く要領がよい方です。
生き方は超ド下手でぶきっちょなのに
何でもスピーディーにちゃきちゃきこなします。
さらに、同時に20件~30件ほどの複数の仕事のスケジュール管理が出来ますし
かなり高い記憶力の持ち主です。
この器用さと高い記憶力と管理能力で
はっきり言えば仕事は一人でバリバリ出来ます。
むしろ一人で仕事をする方が、気楽ですし早いですし失敗も間違いもありません。
まるでイイコトばかりのように見えますが、、
一人で何でも出来るといっても
一人で出来ることには限りがあります。
いくらレバレッジをかけて最小の動きで最大を求めようとしても
複数の案件を一度にこなすことも体は一つなので不可能ですし
とにかく1日の時間が24時間と決められている以上
必ず限界がきます。
しかも、一人は足が止まってしまうと最後、
誰にも助けを求められないため、全ての仕事がストップしてしまいます。
それを思いますと
「他人と一緒にグループで仕事をする意義」がはっきりと見えてきます。
一人で仕事をしているんじゃないんだ!という安心感と
それでいて、あなたが居ないと仕事にならないんだという存在の必要性
職場で上記のグループの意義というのが
充分に感じられるようになっているか、と時々不安に思うのですが
ただ、これは中々に伝わりづらいのも事実。
グループで取り掛かることで、
責任の所在がよくわからなくなったり
グループで動いているからこそ、
自分の思い通りに進まないことでイライラしたりもします。
さらにグループ内での情報共有に四苦八苦し、
ミスが連発することになったり
スキルの熟練度がバラバラで
どうしても出来る人に仕事が集中したりなど
グループだからこそいつでも問題は山積みです^^;;
これを走りながら修正し、
また新しい案件が舞い込めば走りながら組織化しているので
みんながアタフタしながら付いてきています。
それでも、付いて来られるなら
これはこれでいいかぁ、と思っていたのですが、
ふと気付いて周りを見渡すと、
私のスピードが速すぎて全員がついてくるだけに必死で
さらにそれを仕事として捌ける人が私一人で
指示待ちの人ばかりが出来てしまっていることに気がつきました。
以前にも似た状況がありまして、
こうなると私がパンクをしてしまうことになりかねませんので
とにかく「指示待ち」の状況だけは避けたかったのですが、、
うーん、、よくない。
本当にこれはよくないんですが、業務は止めることができないので、
今は、なんとかそれぞれの役割が上手く合致するように、
あれやこれやを試しながら進めています。
「他人と一緒にグループで仕事をする意義」は充分にわかっていても
わかっているからといってすぐに上手にいくものでもない。
トライ&エラーを繰り返しながら、
その都度見直して修正が出来ることで
ようやく利益を生むベースが出来上がるのだろうと思っています。
私はA型事業所だからこそ、この「組織化」を特に意識しています。
利用者さんの持つ資質にレバレッジをかけて業務に上手に取り入れ、
さらに組織化することでしか、「利益」を追求することは難しいでしょう。
A型事業所に求める国の方針が云々という話はしたくありませんが、
利用者さんを「人材」として雇用している以上、
人材の活かし方と業務の「組織化」を考え続けることが使命であろうと思います。
それを考えると
バランスを取りながらもなんとか形に出来ているのが弊社の強みかな?とも思います。
もうすぐ、私が代表としてこの会社を引き継いで1年。
この強みをきちんと形として落とし込みながら
「利益を生み、利用者さんに還元できる」JiRiTsにしていきたいと思っています。
ただ、制度も変わっていきますし、
今の業務そのままずっと続くとも限りませんし、
道は真っ直ぐではなくて、ウネウネ寄り道、回り道あると思いますが
それでも、何だかんだで突っ走っていきますので
これからもみなさまよろしくお願いします。
2017年9月17日日曜日
2017年9月4日月曜日
人生に一度あるかないかの体験
人生に一度あるかないかの体験といわれて何を想像されますか?
それはゴルフのホールインワンです。
ゴルフを知らない人には、わからないと思いますので少し説明します。
ゴルフを行っている方ならばホールインワンのすごさがわかると思います。
ホールインワンとはゴルフのショートホールまたは、
PAR3と呼ばれるホール(3打でカップに入れれば良い)で、
1打でカップインさせると言うものすごいことなのです。
(距離は約150ヤード、メートルでは約135メートル)
そして、3打でPARのホールですから、
そのホールを1打で入れればそのホールでは-2打になりますから、
イーグルと言うことになります。
3打で入れることができれば正直アマチュアゴルファーではすごいことなのですが、
それを1打で入れると言う神がかったことなのです。
ホールインワンが出る確率と言うのが1/1万2000ですから数字からも「ありえない」というのがわかってもらえると思います。
ホールインワンのすごさが分かっていただいたところで話をもどします。
私は自分で商売するまでは
吹田で古くからあるステーキ小万という店で働いていました。
その店は結構、裕福なお客さんが多く、
当時ゴルフをされている常連さんも沢山いました。
肉を焼くだけの店ではなく、
話をしてコミュニケーションをとっていくような店なので、
お客さんとの会話を増やすためにもゴルフをはじめました。
そこそこコースを回れるようになったある日、
お客さんから一緒に行こうとゴルフに誘われました。
それは、お客さんのゴルフクラブ主催の競技でメンバーと
ペアーを組んでスコアーを競うものでした。
その日は、調子が悪く午前中はたくさんたたきました。
昼から、がんばるぞ!
ひとホール目はパーです。いい感じ!
ふたホール目は、ショートホール(パー3)で下りの180ヤードです。
いつもでしたら6番アイアンを持つところですが、
キャディさんから
「今日のあなたはよく飛んでいるので7番アイアンがいい」
といわれ7番を使いました。
そして、セットアップしてアドレスし、
スイングに入るまで不思議なくらいスムーズに体が動きました。
なぜかスイングも体が勝手に動いている感じでスムーズでした。
イメージ通り、の弾道だったのでグリーンオンしたタイミングでピンを拾っていました。
次の瞬間、周りの人が急にざわめきだし、
「はいった」「はいった」といっています。
私は、「はいった」て、なにがはいったのやら即座にわからず
どうしたの、なにがあったの?と
ポーとしていたら「ホールインワンや!」と聞こえ
ことの重要性に気が付きました。
それでも信じられずに
「あのピンの後ろにボールがかくれてとちがうの」言ってしまいましたが、、
きっちり入っていました。
「まじ、本当に」どうしたらいいのだろう?
ホールインワン保険に入っていたっけ?謝礼はどうしたらいいのか?
などいろいろ考えているから、それからボロボロでスコアーになりませんでした。
クラブハウスに帰ってきたらメンバーさんが
すぐにこれでキャディーさんにお礼しておいでと1万円を握らせてくれました。
「まず、一安心」
今日はゴルフが終わっても、店に帰って仕事です。
たいへんです。一緒にゴルフをした人が店にきます。
全部、私のおごりなのです。
しかもびっくりすることに、
知らないうちにうちのマスターが私のゴルフ仲間をよんでいました。
もちろん、その人たちの分もおごりです。
でも、変な感じですよ。
私のお金でほかの店に食べに行くならよくわかりますが、
私のお金で肉を焼き食べてもらい、ビールをおごり、
喜ぶのは、売り上げが上がるマスターばかりです。
ビールで乾杯するとき「いただきます」といつもの癖で言ってしまいましたが、
よく考えると、「これって、おれの金とちがうん」!
なんやかんやで、たいへんな一日でした。
おかげさまで、ホールインワン保険は50万保障にはいっていましたから
ちなみに、ホールインワンは事故扱いです。。
うれしいような、かなしいような?思い出話でした。
2017年8月24日木曜日
正論について
お盆に実家に戻った時に
母親から「タイカレーの缶詰が辛すぎるから持って帰って」と言われ
3缶もかばんに詰め込まれてしまいました。
代表の生熊です。
カレーを辛すぎると言われても・・・
という感じですが^^;;
70代の母親にはタイカレー独特の辛さが
物凄い刺激のように感じられたようです。
持って帰って食べたのですが、
いたって普通のタイカレーでした。
美味しかったです^^
さて、今回から2回にわけて
「わかっているけど難しいこと」
について最近考えていることをシェアしたいと思います。
今回は「正論について」です。
私は20代後半でカウンセラーの勉強を始めるまでは
「正論」以上に正しいことはないと思っていました。
例えば学校などで
「廊下は走らないこと」というルールがあれば、
とにかくそれに従うのが正しいと信じていました。
でも、自分では「廊下は走っちゃだめでしょ」という勇気もなく
「廊下を走っている人」を見るとただ悶々と以下のようなことを考えていました。
廊下は走っちゃいけないのに、
・なぜあの人は走っているのか
・なぜ誰も注意せず当たり前のような空気になっているのか
・廊下を走っているのを注意されず受け入れられるんだったら、そもそもなんでそんなルールがあるんだろうか
走っている人への「嫌悪」や「怒り」
周囲への「不信」「苛立ち」
そしてルールそのものやルールを作る学校への「強い不信」「絶望感」
そんなものが体内で渦巻いて
そして最終的にどうなるかと
私は「走ればいいのか」「歩けばいいのか」わからなくなり
ぐるぐる考えすぎて廊下に立ち尽くします。
他にも「授業中は静かに」「給食は残さない」など学校生活はこの類のオンパレードでした。
学校生活が終わっても
「正しい」とされている事がまったくもって守られておらず
それがまかり通ってしまう事への「不信」から
どうすればいいのかわからなくなってしまうという繰り返しは度々起きました。
よく見かけるのは「信号無視」ですよね。
特に関西は多いと思います^^;;;
私は「信号無視」をしている人を見かけると
歩行者の「信号無視」がこれだけあるのだから、
きっと車に乗っている人の「信号無視」も数多くあって
例えば、私がルールを守って「青信号」で横断歩道を渡っていても
信号無視をした車にはねられる可能性があるんだ・・・・
と思うと怖くて街を歩けなかった時期もあります。
ここでポイントになるのが「ルール」ですよね。
「ルール(規則)」というのは
ある集団の活動をよりスムーズに気持ちよく行うために設けられた決まりごとのことです。
ある集団というのは国家という大きなくくりから、家庭や恋愛、あるいは個人までさまざまありますが
「ルール」がないと無秩序な状態に陥り、危険が増幅し、混乱や争い、略奪などが起こり
集団を維持できなくなります。
それを考えると「わざわざルールとして決めておかないといけない」というのは
人間は危険と知っていてもやってしまう可能性が非常に高い「衝動的」な行動をしてしまうから
という理由なのでしょう。
つまり「廊下は走らない」と決めているのは
「廊下を走りたい」あるいは「廊下を走ってしまう」人が多く事故の危険性があるから。
ルールの側からすると
人間は「廊下を走りたく」なってしまう「衝動」を持っているから
わざわざルールにした、という構図。
つまり「ルール」は破られやすさをはらんでいる、という事なんですね。
その昔「ゴミはゴミ箱へ」という至極あたりまえな標語をあちこちで見かけましたが、
社会人になってから「ゴミをゴミ箱へ」捨てない人の多さにびっくりしました。
机の上にゴミを乗せたままの人、隅っこに寄せているだけの人、その場にポイ捨てする人。。
正に「ルール」は破られやすさをはらんでいて、
人間は不衛生になる危険を知っていても衝動的にゴミを捨てるのは面倒に思ってしまうのだな、と感じます。
ではこういった人たちに「正論」で
「ゴミはゴミ箱に捨てなあかんやろ」と言ったらどうなると思いますか?
「わかってるわ!!」
「うるさいなぁー」
「ゴミくらいええやん」
こんな言葉が返ってきそうですね。
あるいは「そんなに言うんやったらあんたが捨ててよ!」という人もいるかもしれません。
中には「ごめん、その通りやわ、ゴミはゴミ箱に捨てるね」といってゴミ箱に捨ててくれる人もいるでしょう。
10人いれば10通りの反応があると思います。
「ゴミをゴミ箱に捨てない」多くの人は
「ルールはわかっているけど何らかの事情がありそのように出来なかった」
という状況なのだと思います。
「正論」は正にはじめの部分「ルールはわかっている」の部分だけをピックアップして
指摘することになります。
しかし、実はルールを破った本人が聞いて欲しいのは
「何らかの事情」という部分だったりするのです。
その「事情」を汲み取らずに「ルールを破っている」という部分だけを指摘されれば
「何やねん、人の気も知らないで!」と反発したくなってしまうのでしょう。
それと同時に「正論」を伝える側の声のトーンだったり、感情だったり、立場だったりで
これまた「反応」も全く違ったものになると思います。
あるいは「ゴミをゴミ箱に捨てる」というルールそのものが身についていない人や
それがルールとは知らない人も中にはいたりします。
食べ散らかしや、部屋の隅にゴミを溜め込む人などは
これまでの生育暦の中で
「誰かが食べ散らかしやゴミを捨ててくれていた」のです。
自らの手で「ゴミ」を捨てる経験が極端に少なかったため
「ゴミをゴミ箱に捨てる」という習慣が身についていません。
つまり、ルールを破るという気が本人にはありません。
そこに「ゴミはゴミ箱に捨てなあかんやろ!」と「正論」をぶつけても
「へ?そうなの??」という状態になります。
他にも外国から来た旅行者は、ゴミ箱のルールそのものが日本で暮らす人と違うので
捨てちゃいけないものを捨ててみたり、捨てちゃいけないところに捨てたりします。
そんな人には「正論」云々というよりはルールそのものを説明する必要があります。
こうなると「正論」そのものが
絶対的な「正義」ではないという事が浮かび上がってきます。
そうなんです。
ルールが人の手で作られた以上は、「正論」もその集団の中でしか効力をもちません。
しかし、ルールはお互いが気持ちよく過ごしたり、暮らしたり、活動するために設けられているはずです。
それを自覚して「正論」を使うことが求められます。
ルールを破る者についての「事情」を推し量ることは
「正論」が「正論」足りえる効力を持つためにもとても重要です。
「事情」について傾聴された人は、意外にその後ルールを理解し実践するようになります。
そうなればみんなが気持ちよく過ごせるようになる。
社会や国家そのものの構図は中々変えることができないかもしれませんが、
※それに立ち向かう「正論」の運動もこれまた大切ではありますが、、
二者間や身近なところから
お互いを「信頼」しあえる関係を築いていけたらいいな、と思っています。
母親から「タイカレーの缶詰が辛すぎるから持って帰って」と言われ
3缶もかばんに詰め込まれてしまいました。
代表の生熊です。
カレーを辛すぎると言われても・・・
という感じですが^^;;
70代の母親にはタイカレー独特の辛さが
物凄い刺激のように感じられたようです。
持って帰って食べたのですが、
いたって普通のタイカレーでした。
美味しかったです^^
さて、今回から2回にわけて
「わかっているけど難しいこと」
について最近考えていることをシェアしたいと思います。
今回は「正論について」です。
私は20代後半でカウンセラーの勉強を始めるまでは
「正論」以上に正しいことはないと思っていました。
例えば学校などで
「廊下は走らないこと」というルールがあれば、
とにかくそれに従うのが正しいと信じていました。
でも、自分では「廊下は走っちゃだめでしょ」という勇気もなく
「廊下を走っている人」を見るとただ悶々と以下のようなことを考えていました。
廊下は走っちゃいけないのに、
・なぜあの人は走っているのか
・なぜ誰も注意せず当たり前のような空気になっているのか
・廊下を走っているのを注意されず受け入れられるんだったら、そもそもなんでそんなルールがあるんだろうか
走っている人への「嫌悪」や「怒り」
周囲への「不信」「苛立ち」
そしてルールそのものやルールを作る学校への「強い不信」「絶望感」
そんなものが体内で渦巻いて
そして最終的にどうなるかと
私は「走ればいいのか」「歩けばいいのか」わからなくなり
ぐるぐる考えすぎて廊下に立ち尽くします。
他にも「授業中は静かに」「給食は残さない」など学校生活はこの類のオンパレードでした。
学校生活が終わっても
「正しい」とされている事がまったくもって守られておらず
それがまかり通ってしまう事への「不信」から
どうすればいいのかわからなくなってしまうという繰り返しは度々起きました。
よく見かけるのは「信号無視」ですよね。
特に関西は多いと思います^^;;;
私は「信号無視」をしている人を見かけると
歩行者の「信号無視」がこれだけあるのだから、
きっと車に乗っている人の「信号無視」も数多くあって
例えば、私がルールを守って「青信号」で横断歩道を渡っていても
信号無視をした車にはねられる可能性があるんだ・・・・
と思うと怖くて街を歩けなかった時期もあります。
ここでポイントになるのが「ルール」ですよね。
「ルール(規則)」というのは
ある集団の活動をよりスムーズに気持ちよく行うために設けられた決まりごとのことです。
ある集団というのは国家という大きなくくりから、家庭や恋愛、あるいは個人までさまざまありますが
「ルール」がないと無秩序な状態に陥り、危険が増幅し、混乱や争い、略奪などが起こり
集団を維持できなくなります。
それを考えると「わざわざルールとして決めておかないといけない」というのは
人間は危険と知っていてもやってしまう可能性が非常に高い「衝動的」な行動をしてしまうから
という理由なのでしょう。
つまり「廊下は走らない」と決めているのは
「廊下を走りたい」あるいは「廊下を走ってしまう」人が多く事故の危険性があるから。
ルールの側からすると
人間は「廊下を走りたく」なってしまう「衝動」を持っているから
わざわざルールにした、という構図。
つまり「ルール」は破られやすさをはらんでいる、という事なんですね。
その昔「ゴミはゴミ箱へ」という至極あたりまえな標語をあちこちで見かけましたが、
社会人になってから「ゴミをゴミ箱へ」捨てない人の多さにびっくりしました。
机の上にゴミを乗せたままの人、隅っこに寄せているだけの人、その場にポイ捨てする人。。
正に「ルール」は破られやすさをはらんでいて、
人間は不衛生になる危険を知っていても衝動的にゴミを捨てるのは面倒に思ってしまうのだな、と感じます。
ではこういった人たちに「正論」で
「ゴミはゴミ箱に捨てなあかんやろ」と言ったらどうなると思いますか?
「わかってるわ!!」
「うるさいなぁー」
「ゴミくらいええやん」
こんな言葉が返ってきそうですね。
あるいは「そんなに言うんやったらあんたが捨ててよ!」という人もいるかもしれません。
中には「ごめん、その通りやわ、ゴミはゴミ箱に捨てるね」といってゴミ箱に捨ててくれる人もいるでしょう。
10人いれば10通りの反応があると思います。
「ゴミをゴミ箱に捨てない」多くの人は
「ルールはわかっているけど何らかの事情がありそのように出来なかった」
という状況なのだと思います。
「正論」は正にはじめの部分「ルールはわかっている」の部分だけをピックアップして
指摘することになります。
しかし、実はルールを破った本人が聞いて欲しいのは
「何らかの事情」という部分だったりするのです。
その「事情」を汲み取らずに「ルールを破っている」という部分だけを指摘されれば
「何やねん、人の気も知らないで!」と反発したくなってしまうのでしょう。
それと同時に「正論」を伝える側の声のトーンだったり、感情だったり、立場だったりで
これまた「反応」も全く違ったものになると思います。
あるいは「ゴミをゴミ箱に捨てる」というルールそのものが身についていない人や
それがルールとは知らない人も中にはいたりします。
食べ散らかしや、部屋の隅にゴミを溜め込む人などは
これまでの生育暦の中で
「誰かが食べ散らかしやゴミを捨ててくれていた」のです。
自らの手で「ゴミ」を捨てる経験が極端に少なかったため
「ゴミをゴミ箱に捨てる」という習慣が身についていません。
つまり、ルールを破るという気が本人にはありません。
そこに「ゴミはゴミ箱に捨てなあかんやろ!」と「正論」をぶつけても
「へ?そうなの??」という状態になります。
他にも外国から来た旅行者は、ゴミ箱のルールそのものが日本で暮らす人と違うので
捨てちゃいけないものを捨ててみたり、捨てちゃいけないところに捨てたりします。
そんな人には「正論」云々というよりはルールそのものを説明する必要があります。
こうなると「正論」そのものが
絶対的な「正義」ではないという事が浮かび上がってきます。
そうなんです。
ルールが人の手で作られた以上は、「正論」もその集団の中でしか効力をもちません。
しかし、ルールはお互いが気持ちよく過ごしたり、暮らしたり、活動するために設けられているはずです。
それを自覚して「正論」を使うことが求められます。
ルールを破る者についての「事情」を推し量ることは
「正論」が「正論」足りえる効力を持つためにもとても重要です。
「事情」について傾聴された人は、意外にその後ルールを理解し実践するようになります。
そうなればみんなが気持ちよく過ごせるようになる。
社会や国家そのものの構図は中々変えることができないかもしれませんが、
※それに立ち向かう「正論」の運動もこれまた大切ではありますが、、
二者間や身近なところから
お互いを「信頼」しあえる関係を築いていけたらいいな、と思っています。
2017年7月25日火曜日
優しい絵(*^_^*) part2・・・!!
またまたやってきましたーーーー。
みなさまお待ちかねの・・・!!
我がjiritsの画伯 Aさんの絵をご紹介します(*^_^*)
個人の意見(私)ですが、今までで1番好きな絵があります。
蝶々の中にバラの花とてんとう虫が描かれている絵です。
その絵を見た時になんという発想だろうと思いました。
蝶々の中に花と虫がいるんですよ!!
独創的でなんと素晴らしいんだろうと思いました。
皆さんも見て頂けたら分かってもらえると思います。
素晴らしいと言う言葉しか出てきません・・・。
Aさんの絵は心に響きます。前も書きましたが優しい気持ちになれます。
ですので、毎日Aさんが私に
スケッチブックをニコニコしながら持ってきてくれるのが楽しみです(#^.^#)
ではではーーーーみなさんご覧くださいm(__)m
きっと優しい気持ちになれますよ・・・
みなさまお待ちかねの・・・!!
我がjiritsの画伯 Aさんの絵をご紹介します(*^_^*)
個人の意見(私)ですが、今までで1番好きな絵があります。
蝶々の中にバラの花とてんとう虫が描かれている絵です。
その絵を見た時になんという発想だろうと思いました。
蝶々の中に花と虫がいるんですよ!!
独創的でなんと素晴らしいんだろうと思いました。
皆さんも見て頂けたら分かってもらえると思います。
素晴らしいと言う言葉しか出てきません・・・。
Aさんの絵は心に響きます。前も書きましたが優しい気持ちになれます。
ですので、毎日Aさんが私に
スケッチブックをニコニコしながら持ってきてくれるのが楽しみです(#^.^#)
ではではーーーーみなさんご覧くださいm(__)m
きっと優しい気持ちになれますよ・・・
2017年7月22日土曜日
女の子が笑顔の国はみんなが幸せの国
暑いですねー。
本当に暑さがまとわり付いて離れない季節になってしまいました。
代表の生熊です。
昔は、暑さが極端に苦手で、夏になると鬱傾向になっていましたが、
今は暑いのも寒いのも大好きです。
特に、じんわり汗をかくというのがとても爽快で、
汗をかくと炭酸飲料が美味しいというのも30歳を超えてから知りました。
10代や20代の時には感じたこともなかった事でも
小さなきっかけで逆転したり「はっ!」と気付いたりするから
長生きも捨てたもんじゃない!と思っています。
夢は90歳オーバーしても「やりたい事が湧き出る」人生を送ること。
こりゃまだまだ先は長いっ!!
後50回は夏を迎えなきゃね^^
さてさて、
合同会社JiRiTsの大きな事業の柱の一つである「物販事業」にて
なななな・・・なんと!!!
自社のネットショップを開店することになりました~!
パチパチパチパチ・・・・
コンセプトは
「小さな女の子のためのおもちゃとお洋服のお店」
ショップ名を
「ange mignon(アンジュミニョン)」といいます。
では、出来上がったばかりのネットショップをまずは見てください!
https://angemignon.official.ec/
どうです?可愛いでしょ??
「ange mignon」とはフランス語で「可愛い天使」という意味。
スタッフが案を出して、さらにメンバーに多数決をとって
色々と悩んで悩んで選んだ店名です。
生熊はこの店名を結構気に入っています。
※自分が出した候補の店名は選ばれなかったのですが^^;;
じわじわと「いいなぁ」と思える店名です。
人は誰しも「可愛い天使」としてこの世に生を受けたと思っています。
それは国籍や性別や宗教や人種、障がいがある無しに関わらず
この世に生きる人全員です。
実の元少年兵を「少年兵役」として起用した映画
『ジョニー・マッド・ドッグ』では
両親を殺されて生きるために闘うことを余儀なくされます。
この映画で印象的な
「死にたくなかったら生まれてくるな」
という「生まれたことそのものを祝福されない」台詞はとても強烈です。
確かにこの台詞が生まれるアフリカ・リベリアの背景は
日本とは違いますが、
でもこの日本で毎日のように報道される
親から虐待を受けて幼い子どもが死亡する事件を見るたび
「死にたくなかったら生まれてくるな」
この強烈な台詞を思い出し、
「生まれたことそのものを祝福されない」のは同じなんじゃないの?と
思ってしまいます。
アフリカ・リベリアでの命と日本での命に差はありません。
まったく同じものです。
「ange mignon」は
そんな当たり前の事を気付かせてくれるとっても素敵な店名です。
あまりに嬉しいので、
ショップの名刺を先に作って配り歩いていました^^
まだまだあるので、どんどん配りたいと思います。
夏休みや近々弊社のスタッフやメンバーに会う人は覚悟しておいてください(笑)
さて、この「ange mignon」が取り扱う商品は
5歳から小学校低学年の女児を対象にしたおもちゃやお洋服となっています。
何故「女の子」の服だけを取り扱っているか?というのにも
ちょっとした理由があるんです。
合同会社JiRiTsは障がい者就労継続支援A型事業所ですから
私達の存在そのものが「福祉的な社会貢献」であるといえます。
しかしながら、事業を営み利益を得る企業体として
能動的に「社会貢献」をしたいという思いがあります。
生熊が「福祉」や「人権」に足を踏み入れるきっかけとなったのは
2組のある母と娘の姿でした。
母親は2歳の娘を自宅に放置して夜通し働き
そのお金を男性に搾取されていました。
搾取されているという自覚があるにも関わらず
どうしても男性と離れられない女性は30代。
その2歳の娘は自宅に一人で残され、
テーブルの上に置かれた「フタを取ったコンビニ弁当」を
手づかみで食べていました。
長く風呂にも入っておらず、
髪の毛はくっついて束になり
ひじやひざやくびのところが真っ黒になって異臭を放ちます。
言葉も全く話せず、2歳でありながら「あー」や「うー」が精一杯。
そして、スプーンやお箸で食事をするということも知りませんでした。
もう一組の母と娘は
元夫のストーカー行為に悩まされていました。
まだ、ストーカー規正法も出来たばかりで
DV法は施行されておらず
女性への暴力が「制裁」の一つの方法として認知され
男性を怒らせた方が悪い
女性は男性の怒りを「愛情」を持って許すべき・・・みたいな風潮が
まだまだ色濃かった時の話です。
女性は経済的な理由と元夫からの避難を理由に
「母子寮」への入居を希望していました。
しかし、「母子寮」の数が圧倒的に少ないことと
それほど切羽詰った様子ではないと判断されて、
何度も門前払いになっていました。
その後、何とか順番待ちになりもうすぐ入居が確定する!という時に
子どもが元夫に連れ去られてしまいます。
学校帰りの話でした。
ようやく逃れられると思ったのに、交渉のため元夫と会う羽目に・・・
この2組の母と娘に出会って
生熊は「この国の福祉ってどうなってるんだ?」と思いましたし
学校で習った「基本的人権」って何だよ!と思いました。
以前の「ソーシャルビジネスに携わるわけ」でも書きましたが、
陰惨で虚無な現実をまず知ってしまったのです。
そう思うと「福祉」や「人権」って絵に描いた餅のような気がしました。
誰のためのものなんだろうって分からなくなる時もあります。
ただ、理想は捨てちゃ駄目なんです。
福祉分野は「理想」を捨ててはやっぱり目的を見失うと思っています。
それをもっとも強く感じる場面があります。
それが「女性に対する差別」です。
嘘~っ、もう女性に対する差別なんて無いよ~という声も聞こえてきそうですが
上記のきっかけになった出来事も含め
いえいえいえ、やっぱり全世界のどんな社会においても
「女性差別」は根強いんですよ。
女性はその誕生から教育、職業、賃金
婚姻、出産から子育て、介護、お葬式にいたるまで
不平等を押し付けられ、
自由にならない場面が本当に多くあります。
教育を受ける機会のない女子が世界中に溢れていること。
性や生殖についての自己決定の機会や自由を奪われて
望まない妊娠やHIV感染が広がっていること。
特に子育てに関しては不平等を感じる場面がもっとも多く、
日本でも「待機児童」や「ワンオペ育児」など問題は山積しているように思います。
だからこそ!あえて
女の子が笑顔の国は「人権」が尊重された社会であり
そこに暮らすみんなが幸せな国だという理念のもと
「ange mignon」を通じて「女児と女性支援の社会貢献」をしたいと思っています。
その方法についての詳細はまた後日^^;
白熱して長くなっちゃいました。。
まあ、社会貢献がどうたらという難しい話は置いといても
単純に「可愛い~」と思ってもらえたら
そしてついでに1枚でも買ってもらえたら
それが一番嬉しいです。
お洋服は特に可愛い子ども服が溢れる韓国から輸入したものが中心なので
ディティールにもこだわりがあって安価なのに上品!
このブログのメニューにも「ange mignon」へのリンクがあります。
ぜひぜひ皆様、末永くよろしくお願いします^^
本当に暑さがまとわり付いて離れない季節になってしまいました。
代表の生熊です。
昔は、暑さが極端に苦手で、夏になると鬱傾向になっていましたが、
今は暑いのも寒いのも大好きです。
特に、じんわり汗をかくというのがとても爽快で、
汗をかくと炭酸飲料が美味しいというのも30歳を超えてから知りました。
10代や20代の時には感じたこともなかった事でも
小さなきっかけで逆転したり「はっ!」と気付いたりするから
長生きも捨てたもんじゃない!と思っています。
夢は90歳オーバーしても「やりたい事が湧き出る」人生を送ること。
こりゃまだまだ先は長いっ!!
後50回は夏を迎えなきゃね^^
さてさて、
合同会社JiRiTsの大きな事業の柱の一つである「物販事業」にて
なななな・・・なんと!!!
自社のネットショップを開店することになりました~!
パチパチパチパチ・・・・
コンセプトは
「小さな女の子のためのおもちゃとお洋服のお店」
ショップ名を
「ange mignon(アンジュミニョン)」といいます。
では、出来上がったばかりのネットショップをまずは見てください!
https://angemignon.official.ec/
どうです?可愛いでしょ??
「ange mignon」とはフランス語で「可愛い天使」という意味。
スタッフが案を出して、さらにメンバーに多数決をとって
色々と悩んで悩んで選んだ店名です。
生熊はこの店名を結構気に入っています。
※自分が出した候補の店名は選ばれなかったのですが^^;;
じわじわと「いいなぁ」と思える店名です。
人は誰しも「可愛い天使」としてこの世に生を受けたと思っています。
それは国籍や性別や宗教や人種、障がいがある無しに関わらず
この世に生きる人全員です。
実の元少年兵を「少年兵役」として起用した映画
『ジョニー・マッド・ドッグ』では
両親を殺されて生きるために闘うことを余儀なくされます。
この映画で印象的な
「死にたくなかったら生まれてくるな」
という「生まれたことそのものを祝福されない」台詞はとても強烈です。
確かにこの台詞が生まれるアフリカ・リベリアの背景は
日本とは違いますが、
でもこの日本で毎日のように報道される
親から虐待を受けて幼い子どもが死亡する事件を見るたび
「死にたくなかったら生まれてくるな」
この強烈な台詞を思い出し、
「生まれたことそのものを祝福されない」のは同じなんじゃないの?と
思ってしまいます。
アフリカ・リベリアでの命と日本での命に差はありません。
まったく同じものです。
「ange mignon」は
そんな当たり前の事を気付かせてくれるとっても素敵な店名です。
あまりに嬉しいので、
ショップの名刺を先に作って配り歩いていました^^
まだまだあるので、どんどん配りたいと思います。
夏休みや近々弊社のスタッフやメンバーに会う人は覚悟しておいてください(笑)
さて、この「ange mignon」が取り扱う商品は
5歳から小学校低学年の女児を対象にしたおもちゃやお洋服となっています。
何故「女の子」の服だけを取り扱っているか?というのにも
ちょっとした理由があるんです。
合同会社JiRiTsは障がい者就労継続支援A型事業所ですから
私達の存在そのものが「福祉的な社会貢献」であるといえます。
しかしながら、事業を営み利益を得る企業体として
能動的に「社会貢献」をしたいという思いがあります。
生熊が「福祉」や「人権」に足を踏み入れるきっかけとなったのは
2組のある母と娘の姿でした。
母親は2歳の娘を自宅に放置して夜通し働き
そのお金を男性に搾取されていました。
搾取されているという自覚があるにも関わらず
どうしても男性と離れられない女性は30代。
その2歳の娘は自宅に一人で残され、
テーブルの上に置かれた「フタを取ったコンビニ弁当」を
手づかみで食べていました。
長く風呂にも入っておらず、
髪の毛はくっついて束になり
ひじやひざやくびのところが真っ黒になって異臭を放ちます。
言葉も全く話せず、2歳でありながら「あー」や「うー」が精一杯。
そして、スプーンやお箸で食事をするということも知りませんでした。
もう一組の母と娘は
元夫のストーカー行為に悩まされていました。
まだ、ストーカー規正法も出来たばかりで
DV法は施行されておらず
女性への暴力が「制裁」の一つの方法として認知され
男性を怒らせた方が悪い
女性は男性の怒りを「愛情」を持って許すべき・・・みたいな風潮が
まだまだ色濃かった時の話です。
女性は経済的な理由と元夫からの避難を理由に
「母子寮」への入居を希望していました。
しかし、「母子寮」の数が圧倒的に少ないことと
それほど切羽詰った様子ではないと判断されて、
何度も門前払いになっていました。
その後、何とか順番待ちになりもうすぐ入居が確定する!という時に
子どもが元夫に連れ去られてしまいます。
学校帰りの話でした。
ようやく逃れられると思ったのに、交渉のため元夫と会う羽目に・・・
この2組の母と娘に出会って
生熊は「この国の福祉ってどうなってるんだ?」と思いましたし
学校で習った「基本的人権」って何だよ!と思いました。
以前の「ソーシャルビジネスに携わるわけ」でも書きましたが、
陰惨で虚無な現実をまず知ってしまったのです。
そう思うと「福祉」や「人権」って絵に描いた餅のような気がしました。
誰のためのものなんだろうって分からなくなる時もあります。
ただ、理想は捨てちゃ駄目なんです。
福祉分野は「理想」を捨ててはやっぱり目的を見失うと思っています。
それをもっとも強く感じる場面があります。
それが「女性に対する差別」です。
嘘~っ、もう女性に対する差別なんて無いよ~という声も聞こえてきそうですが
上記のきっかけになった出来事も含め
いえいえいえ、やっぱり全世界のどんな社会においても
「女性差別」は根強いんですよ。
女性はその誕生から教育、職業、賃金
婚姻、出産から子育て、介護、お葬式にいたるまで
不平等を押し付けられ、
自由にならない場面が本当に多くあります。
教育を受ける機会のない女子が世界中に溢れていること。
性や生殖についての自己決定の機会や自由を奪われて
望まない妊娠やHIV感染が広がっていること。
特に子育てに関しては不平等を感じる場面がもっとも多く、
日本でも「待機児童」や「ワンオペ育児」など問題は山積しているように思います。
だからこそ!あえて
女の子が笑顔の国は「人権」が尊重された社会であり
そこに暮らすみんなが幸せな国だという理念のもと
「ange mignon」を通じて「女児と女性支援の社会貢献」をしたいと思っています。
その方法についての詳細はまた後日^^;
白熱して長くなっちゃいました。。
まあ、社会貢献がどうたらという難しい話は置いといても
単純に「可愛い~」と思ってもらえたら
そしてついでに1枚でも買ってもらえたら
それが一番嬉しいです。
お洋服は特に可愛い子ども服が溢れる韓国から輸入したものが中心なので
ディティールにもこだわりがあって安価なのに上品!
このブログのメニューにも「ange mignon」へのリンクがあります。
ぜひぜひ皆様、末永くよろしくお願いします^^
2017年7月11日火曜日
サボテン日和
こんにちは、
季節の中でも春から秋が好きな支援員の竹下です。
これから暑い夏がやってきますが、
寒いのは何をするにも億劫になり冬は苦手です。
ここで仕事をしていると人それぞれだなと感じます。
春は寒くもなく暑くもなく過ごしやすいように思いますが、
3月末から6月初旬にかけての間は、寒暖の差があり
当事業所の利用者さんの中には風邪をひいたりして
体調を崩して休まれる方がいらっしゃいました。
いずれの季節にせよこの世に生を受けて生まれてきた限りは
いろいろ工夫して対処していくしかありません。
手足のある生き物はすごしやすい場所に移動ができますが、
植物はその場所で環境に対応しながらがんばって生きていくしかありません。
自宅でいくつかサボテンを育てているのですがたくましいです。
私のようなあまり世話をしない人の家で生きていかないといけないのですから。
そんなサボテンが、
小指ぐらいの大きさから育て始め毎年少しずつ大きくなり
15年目にして今年はじめて花を咲かせました。
もともと砂漠で生きているものなので、
寒暖の差がある3月末から6月にかけての季節が成長期なのです。
夕方から朝方にかけてひんやり気温が低く
昼間晴れて気温が上がった日を
私は個人的にサボテン日和といっています。
そのかわり夏と冬は休眠して成長しません。
買って来て数年の間は小さい鉢でじゅうぶんで
土もそんなにいらないので、
成長に合わせて2年に一回はまめに植え替えをしていました。
しかし年を重ねて大きくなるにつれ
多くの土と大きな鉢が必要になり、
しかも棘が手に刺さったり引っ掛かったりして
植え替えが面倒くさく感じるようになってきました。
しかも陽のあたる部分が大きく成長し頭でっかちになり
しだいにかわいくなくなってきました。
冬は水を一度も与えず、春から秋の間、
一週間に一回水をやるだけで締め切った部屋の窓際に置いたままで、
育て始めた時の情熱はほとんどなくなっていました。
そんなサボテンでもかわいい花を咲かせると
しだいに愛おしく思えてきました。
それが下のサボテンです。
こちらのサボテンは福禄寿といって
福禄寿の頭のように大きく成長してついにバランスを崩して倒れて、
茶色くなってきたので
枯れたと思いベランダで雨ざらしにしていたら
接地面から根が出て2本になりました。
なかなかしぶといです。
成長を重ねるだけのサボテンが15年目にしてはじめて花を咲かせ、
地面に倒れても天に向かって一から成長を始めるサボテンを見ると
勇気づけられます。
人も同じだと思います。
苦しい時にその人の真価がわかります。
たゆまぬ成長を続ける物言わぬサボテンの姿を見ると
今は不格好でも気にいって買った時の愛情がまた沸き起こってきました。
季節の中でも春から秋が好きな支援員の竹下です。
これから暑い夏がやってきますが、
寒いのは何をするにも億劫になり冬は苦手です。
ここで仕事をしていると人それぞれだなと感じます。
春は寒くもなく暑くもなく過ごしやすいように思いますが、
3月末から6月初旬にかけての間は、寒暖の差があり
当事業所の利用者さんの中には風邪をひいたりして
体調を崩して休まれる方がいらっしゃいました。
いずれの季節にせよこの世に生を受けて生まれてきた限りは
いろいろ工夫して対処していくしかありません。
手足のある生き物はすごしやすい場所に移動ができますが、
植物はその場所で環境に対応しながらがんばって生きていくしかありません。
自宅でいくつかサボテンを育てているのですがたくましいです。
私のようなあまり世話をしない人の家で生きていかないといけないのですから。
そんなサボテンが、
小指ぐらいの大きさから育て始め毎年少しずつ大きくなり
15年目にして今年はじめて花を咲かせました。
もともと砂漠で生きているものなので、
寒暖の差がある3月末から6月にかけての季節が成長期なのです。
夕方から朝方にかけてひんやり気温が低く
昼間晴れて気温が上がった日を
私は個人的にサボテン日和といっています。
そのかわり夏と冬は休眠して成長しません。
買って来て数年の間は小さい鉢でじゅうぶんで
土もそんなにいらないので、
成長に合わせて2年に一回はまめに植え替えをしていました。
しかし年を重ねて大きくなるにつれ
多くの土と大きな鉢が必要になり、
しかも棘が手に刺さったり引っ掛かったりして
植え替えが面倒くさく感じるようになってきました。
しかも陽のあたる部分が大きく成長し頭でっかちになり
しだいにかわいくなくなってきました。
冬は水を一度も与えず、春から秋の間、
一週間に一回水をやるだけで締め切った部屋の窓際に置いたままで、
育て始めた時の情熱はほとんどなくなっていました。
そんなサボテンでもかわいい花を咲かせると
しだいに愛おしく思えてきました。
それが下のサボテンです。
こちらのサボテンは福禄寿といって
福禄寿の頭のように大きく成長してついにバランスを崩して倒れて、
茶色くなってきたので
枯れたと思いベランダで雨ざらしにしていたら
接地面から根が出て2本になりました。
なかなかしぶといです。
成長を重ねるだけのサボテンが15年目にしてはじめて花を咲かせ、
地面に倒れても天に向かって一から成長を始めるサボテンを見ると
勇気づけられます。
人も同じだと思います。
苦しい時にその人の真価がわかります。
たゆまぬ成長を続ける物言わぬサボテンの姿を見ると
今は不格好でも気にいって買った時の愛情がまた沸き起こってきました。
2017年7月9日日曜日
写真で繋がり広がっていくもの
こんにちは。
代表の生熊です。
先月の終わりごろ
6月29日。
梅雨空の中、実家のある岡山へ向かっていました。
平日の休みは何だかワクワクします。
通勤客でごった返す新大阪をさささっとくぐり抜け、
姫路から相生に出たころには人もまばらになり
相生から乗り込んだ「赤穂線」は途中まで
車両に乗っているのは私だけというVIP状態。
走る電車から窓の外を眺め
目的地までひたすらにひとり胸を膨らませています。
今回の目的地は実家ではなく「邑久駅」
岡山県瀬戸内市邑久町にある瀬戸内市民図書館。
なんでそんなローカルな図書館を目指しているのかというと
そこで、私の幼馴染が
写真の個展を開催しているのです。
実家のある町内で
家同士も100メートルも離れていないくらい近くて
保育園から一緒に遊んだ日々を
電車の音を聞きながら、色々と思い出します。
田んぼの狭い水路で「カブトエビ」を取ったこと
畑の青いイチゴと赤いイチゴを夢中で摘んだこと
彼女の家でよく遊んだ人生ゲームのイラスト
彼女の家にいた九官鳥の鳴き声。
多分、人生で始めて「友達」という感覚を持った人物。
不思議と、小学校も中学校も同じクラスになった事はなかったけど
そのうち進路もバラバラで顔を合わせることもなかったけど
ふと、
数年前にfacebookで再会。
そういうことがね、あるんですよ今の世の中。
テクノロジーが結ぶノスタルジーな奇跡というか、
本当に一瞬にして距離が縮り、30年もひとっとび。
そのうちfacebookで彼女が写真を撮っていることを知ります。
その写真の
なんとまあ見事なこと。
テクニック的なことはさっぱりわからないけれど
ぐんと引き込まれる感覚の心地のよさだったり
いい意味の「違和感」があって
いつしかじっくりと見る機会があればなあ、と思っていました。
そこに出てきた個展開催のお知らせ。
タイトルは
国末和美 写真展
Woman 岡山で生きる
案内文にはこうあります。
実は隣にいる人、すれ違う人にも色々な生き方があると写真と文章で表したかった
岡山を代表するような女性、深い悲しみから立ち上がった女性、
岡山の特産マスカットを作っている女性、主婦。。色々な方々
私が、カウンセリングや社会活動、あるいはボランティアの中で
様々な人に出会い感じてきたこととほぼ同等の内容。
表現や係わり合う方法が違っても、
感ずる部分が同じという共時性に居ても立ってもいられなくなって
是非行きたい!と願いつつ
ただ、1回目はどうしても都合が合わずに断念せざるを得ず
ようやく今回、休みを取ることができたので、
こうして早朝から電車に揺られて
瀬戸内市民図書館までやってきたのです。
会場に入って、
何より先に幼馴染と二人でハグ!!
30年離れていたのに、このスキンシップが出来るって
幼馴染ってスゴイと思った!
それから、少し話しをして写真を一つ一つ見ていく。
私は当然、
そこに写る人を直接は知らない。
けれど、
もしかしたら、今日の朝
人の溢れる新大阪駅で、
同じような境遇の人にすれ違ったかもしれない。
その人には、その人が生きた尊い物語があって、
一人一人違うから、また面白いと思えるし、
逆に、さっきすれ違った人は
私がどれだけ今日ワクワクしているか、
幼馴染とどんな日々を過ごしたのか、ということにはさっぱり気付かす
ただ雨のよくふる日だと空を見上げていたのかもしれない。
でも、今、このブログを読んでくれている人は
6月29日の生熊の状態がよくわかり
幼馴染との再会にドラマを感じてくれていると思う。
つまりは、関心を持って
じっくりとその人の話に耳を傾けることが、
その人が生きていることを「尊重する」ことになるし
反対にじっくりと話を聞いてもらうと
私も大切にされているんだと感じることが出来る。
無関心でいないこと。
そしてただあるがままの「存在」を丁寧に聞き取り
写した写真が並んでいる。
すごいなぁ。
こういうのってやろうと思っても
中々懐に飛び込めなかったりするものだけど
とにかく屈託なく人に興味を持つ彼女は、
そこをいとも簡単に突破して繋がりをつくってしまう。
だからついつい、私も個展の会場に居た人たちと仲良くなってしまった。
そして幼馴染と30年の時を経たツーショット。
本当に良い個展をありがとう!
次は是非県外での開催を実現させましょうね^^
さて、写真の話題でもう一つ。
先週の日曜日、7月2日。
以前にも紹介した映画「ゴンドラ」のプロデューサー
貞末さんが撮ったドキュメンタリー映画
「ぼくは写真で世界とつながる」を
大阪・九条のシネヌーヴォーで観てきました。
自閉症という障がいは
かなり個人差はあるものの
理路整然と言語で伝えるというのは
困難なことが多く
日常生活でも沢山の不便を抱えることになります。
しかし、人は誰しも「表現」したいのです。
自分が見たものを見たまま感じたままに
自分の思いや考えや
わかって欲しい気持ちをちょっとでも他人と共有したい。
この映画の主人公である米田祐二さんは
「表現」のツールとして写真を手に入れました。
彼が体験して感じたことや
伝えたいことの全てが
「写真」を通して家族や周りの人に伝わる事で
彼の世界が広がっていきます。
彼に障がいがあるか無いかなど関係なく
「写真」で彼に関心をもつ人もいるでしょう。
それは、障がいに無関心であった人が変わるきっかけになるかもしれません。
個人的には、
彼が「写真」と出会うまでの日々に
支援者として心を動かされました。
それは特に家族の対応と言っていいかもしれませんが
何に対しても諦めていないこと
当たり前の事が「出来る」と信じること
そして、隠したり排除したりせず
共に居ること。
家族だから「障がいを受容して当たり前やん!」というかもしれないけど
家族だからこそ難しいことが多々あります。
特に米田祐二さんのお兄さんの話がリアルでした。
家族と世間の温度差もよく伝わってきます。
生熊も日々障がい者さんと一緒に働いているので
もうそれが当たり前で何か特別な感情も特にないのですが
ただ、世間に入ると
つかみどころのない漂うような「偏見」を何となく感じます。
自分達には関係ない「無関心でいたい」という気持ちが
「障がいを受容して当たり前」を家族や支援者だけに押し付けています。
それは、本当に難しいんですけど
そこを徐々に打破しなくちゃなあ、、
なんて、改めて感じた映画でした。
一人でも多くの障がい者が自由に自分を表現し、
ありとあらゆるコミュニケーションツールが
世間で認められ使われるようになりますように。
米田祐二さんが開いた世界への扉は、
きっと私達も米田祐二さんを覗く入り口になっているから、
米田祐二さん、どうぞよろしく。
そんな気持ちになりました。
貞末さんとの出会いにも感謝です。
皆さんも機会を見つけて鑑賞してくださいね。
全然押し付けがましくない、
自然体がとてもいいドキュメンタリーです。
では、最後に次回予告!!
なんと!!!JiRiTsがネットショップを始めちゃいます♪
サイドメニューのリンクに
なにやら新しいリンク先がある事に気がついた人もいるかしら。
ふふふ。
いよいよお披露目の日が近づいてきました。
どうそお楽しみに!!
代表の生熊です。
先月の終わりごろ
6月29日。
梅雨空の中、実家のある岡山へ向かっていました。
平日の休みは何だかワクワクします。
通勤客でごった返す新大阪をさささっとくぐり抜け、
姫路から相生に出たころには人もまばらになり
相生から乗り込んだ「赤穂線」は途中まで
車両に乗っているのは私だけというVIP状態。
走る電車から窓の外を眺め
目的地までひたすらにひとり胸を膨らませています。
今回の目的地は実家ではなく「邑久駅」
岡山県瀬戸内市邑久町にある瀬戸内市民図書館。
なんでそんなローカルな図書館を目指しているのかというと
そこで、私の幼馴染が
写真の個展を開催しているのです。
実家のある町内で
家同士も100メートルも離れていないくらい近くて
保育園から一緒に遊んだ日々を
電車の音を聞きながら、色々と思い出します。
田んぼの狭い水路で「カブトエビ」を取ったこと
畑の青いイチゴと赤いイチゴを夢中で摘んだこと
彼女の家でよく遊んだ人生ゲームのイラスト
彼女の家にいた九官鳥の鳴き声。
多分、人生で始めて「友達」という感覚を持った人物。
不思議と、小学校も中学校も同じクラスになった事はなかったけど
そのうち進路もバラバラで顔を合わせることもなかったけど
ふと、
数年前にfacebookで再会。
そういうことがね、あるんですよ今の世の中。
テクノロジーが結ぶノスタルジーな奇跡というか、
本当に一瞬にして距離が縮り、30年もひとっとび。
そのうちfacebookで彼女が写真を撮っていることを知ります。
その写真の
なんとまあ見事なこと。
テクニック的なことはさっぱりわからないけれど
ぐんと引き込まれる感覚の心地のよさだったり
いい意味の「違和感」があって
いつしかじっくりと見る機会があればなあ、と思っていました。
そこに出てきた個展開催のお知らせ。
タイトルは
国末和美 写真展
Woman 岡山で生きる
案内文にはこうあります。
実は隣にいる人、すれ違う人にも色々な生き方があると写真と文章で表したかった
岡山を代表するような女性、深い悲しみから立ち上がった女性、
岡山の特産マスカットを作っている女性、主婦。。色々な方々
私が、カウンセリングや社会活動、あるいはボランティアの中で
様々な人に出会い感じてきたこととほぼ同等の内容。
表現や係わり合う方法が違っても、
感ずる部分が同じという共時性に居ても立ってもいられなくなって
是非行きたい!と願いつつ
ただ、1回目はどうしても都合が合わずに断念せざるを得ず
ようやく今回、休みを取ることができたので、
こうして早朝から電車に揺られて
瀬戸内市民図書館までやってきたのです。
会場に入って、
何より先に幼馴染と二人でハグ!!
30年離れていたのに、このスキンシップが出来るって
幼馴染ってスゴイと思った!
それから、少し話しをして写真を一つ一つ見ていく。
私は当然、
そこに写る人を直接は知らない。
けれど、
もしかしたら、今日の朝
人の溢れる新大阪駅で、
同じような境遇の人にすれ違ったかもしれない。
その人には、その人が生きた尊い物語があって、
一人一人違うから、また面白いと思えるし、
逆に、さっきすれ違った人は
私がどれだけ今日ワクワクしているか、
幼馴染とどんな日々を過ごしたのか、ということにはさっぱり気付かす
ただ雨のよくふる日だと空を見上げていたのかもしれない。
でも、今、このブログを読んでくれている人は
6月29日の生熊の状態がよくわかり
幼馴染との再会にドラマを感じてくれていると思う。
つまりは、関心を持って
じっくりとその人の話に耳を傾けることが、
その人が生きていることを「尊重する」ことになるし
反対にじっくりと話を聞いてもらうと
私も大切にされているんだと感じることが出来る。
無関心でいないこと。
そしてただあるがままの「存在」を丁寧に聞き取り
写した写真が並んでいる。
すごいなぁ。
こういうのってやろうと思っても
中々懐に飛び込めなかったりするものだけど
とにかく屈託なく人に興味を持つ彼女は、
そこをいとも簡単に突破して繋がりをつくってしまう。
だからついつい、私も個展の会場に居た人たちと仲良くなってしまった。
そして幼馴染と30年の時を経たツーショット。
本当に良い個展をありがとう!
次は是非県外での開催を実現させましょうね^^
さて、写真の話題でもう一つ。
先週の日曜日、7月2日。
以前にも紹介した映画「ゴンドラ」のプロデューサー
貞末さんが撮ったドキュメンタリー映画
「ぼくは写真で世界とつながる」を
大阪・九条のシネヌーヴォーで観てきました。
自閉症という障がいは
かなり個人差はあるものの
理路整然と言語で伝えるというのは
困難なことが多く
日常生活でも沢山の不便を抱えることになります。
しかし、人は誰しも「表現」したいのです。
自分が見たものを見たまま感じたままに
自分の思いや考えや
わかって欲しい気持ちをちょっとでも他人と共有したい。
この映画の主人公である米田祐二さんは
「表現」のツールとして写真を手に入れました。
彼が体験して感じたことや
伝えたいことの全てが
「写真」を通して家族や周りの人に伝わる事で
彼の世界が広がっていきます。
彼に障がいがあるか無いかなど関係なく
「写真」で彼に関心をもつ人もいるでしょう。
それは、障がいに無関心であった人が変わるきっかけになるかもしれません。
個人的には、
彼が「写真」と出会うまでの日々に
支援者として心を動かされました。
それは特に家族の対応と言っていいかもしれませんが
何に対しても諦めていないこと
当たり前の事が「出来る」と信じること
そして、隠したり排除したりせず
共に居ること。
家族だから「障がいを受容して当たり前やん!」というかもしれないけど
家族だからこそ難しいことが多々あります。
特に米田祐二さんのお兄さんの話がリアルでした。
家族と世間の温度差もよく伝わってきます。
生熊も日々障がい者さんと一緒に働いているので
もうそれが当たり前で何か特別な感情も特にないのですが
ただ、世間に入ると
つかみどころのない漂うような「偏見」を何となく感じます。
自分達には関係ない「無関心でいたい」という気持ちが
「障がいを受容して当たり前」を家族や支援者だけに押し付けています。
それは、本当に難しいんですけど
そこを徐々に打破しなくちゃなあ、、
なんて、改めて感じた映画でした。
一人でも多くの障がい者が自由に自分を表現し、
ありとあらゆるコミュニケーションツールが
世間で認められ使われるようになりますように。
米田祐二さんが開いた世界への扉は、
きっと私達も米田祐二さんを覗く入り口になっているから、
米田祐二さん、どうぞよろしく。
そんな気持ちになりました。
貞末さんとの出会いにも感謝です。
皆さんも機会を見つけて鑑賞してくださいね。
全然押し付けがましくない、
自然体がとてもいいドキュメンタリーです。
では、最後に次回予告!!
なんと!!!JiRiTsがネットショップを始めちゃいます♪
サイドメニューのリンクに
なにやら新しいリンク先がある事に気がついた人もいるかしら。
ふふふ。
いよいよお披露目の日が近づいてきました。
どうそお楽しみに!!
登録:
投稿 (Atom)








