こんにちは。
代表の生熊です。
先月の終わりごろ
6月29日。
梅雨空の中、実家のある岡山へ向かっていました。
平日の休みは何だかワクワクします。
通勤客でごった返す新大阪をさささっとくぐり抜け、
姫路から相生に出たころには人もまばらになり
相生から乗り込んだ「赤穂線」は途中まで
車両に乗っているのは私だけというVIP状態。
走る電車から窓の外を眺め
目的地までひたすらにひとり胸を膨らませています。
今回の目的地は実家ではなく「邑久駅」
岡山県瀬戸内市邑久町にある瀬戸内市民図書館。
なんでそんなローカルな図書館を目指しているのかというと
そこで、私の幼馴染が
写真の個展を開催しているのです。
実家のある町内で
家同士も100メートルも離れていないくらい近くて
保育園から一緒に遊んだ日々を
電車の音を聞きながら、色々と思い出します。
田んぼの狭い水路で「カブトエビ」を取ったこと
畑の青いイチゴと赤いイチゴを夢中で摘んだこと
彼女の家でよく遊んだ人生ゲームのイラスト
彼女の家にいた九官鳥の鳴き声。
多分、人生で始めて「友達」という感覚を持った人物。
不思議と、小学校も中学校も同じクラスになった事はなかったけど
そのうち進路もバラバラで顔を合わせることもなかったけど
ふと、
数年前にfacebookで再会。
そういうことがね、あるんですよ今の世の中。
テクノロジーが結ぶノスタルジーな奇跡というか、
本当に一瞬にして距離が縮り、30年もひとっとび。
そのうちfacebookで彼女が写真を撮っていることを知ります。
その写真の
なんとまあ見事なこと。
テクニック的なことはさっぱりわからないけれど
ぐんと引き込まれる感覚の心地のよさだったり
いい意味の「違和感」があって
いつしかじっくりと見る機会があればなあ、と思っていました。
そこに出てきた個展開催のお知らせ。
タイトルは
国末和美 写真展
Woman 岡山で生きる
案内文にはこうあります。
実は隣にいる人、すれ違う人にも色々な生き方があると写真と文章で表したかった
岡山を代表するような女性、深い悲しみから立ち上がった女性、
岡山の特産マスカットを作っている女性、主婦。。色々な方々
私が、カウンセリングや社会活動、あるいはボランティアの中で
様々な人に出会い感じてきたこととほぼ同等の内容。
表現や係わり合う方法が違っても、
感ずる部分が同じという共時性に居ても立ってもいられなくなって
是非行きたい!と願いつつ
ただ、1回目はどうしても都合が合わずに断念せざるを得ず
ようやく今回、休みを取ることができたので、
こうして早朝から電車に揺られて
瀬戸内市民図書館までやってきたのです。
会場に入って、
何より先に幼馴染と二人でハグ!!
30年離れていたのに、このスキンシップが出来るって
幼馴染ってスゴイと思った!
それから、少し話しをして写真を一つ一つ見ていく。
私は当然、
そこに写る人を直接は知らない。
けれど、
もしかしたら、今日の朝
人の溢れる新大阪駅で、
同じような境遇の人にすれ違ったかもしれない。
その人には、その人が生きた尊い物語があって、
一人一人違うから、また面白いと思えるし、
逆に、さっきすれ違った人は
私がどれだけ今日ワクワクしているか、
幼馴染とどんな日々を過ごしたのか、ということにはさっぱり気付かす
ただ雨のよくふる日だと空を見上げていたのかもしれない。
でも、今、このブログを読んでくれている人は
6月29日の生熊の状態がよくわかり
幼馴染との再会にドラマを感じてくれていると思う。
つまりは、関心を持って
じっくりとその人の話に耳を傾けることが、
その人が生きていることを「尊重する」ことになるし
反対にじっくりと話を聞いてもらうと
私も大切にされているんだと感じることが出来る。
無関心でいないこと。
そしてただあるがままの「存在」を丁寧に聞き取り
写した写真が並んでいる。
すごいなぁ。
こういうのってやろうと思っても
中々懐に飛び込めなかったりするものだけど
とにかく屈託なく人に興味を持つ彼女は、
そこをいとも簡単に突破して繋がりをつくってしまう。
だからついつい、私も個展の会場に居た人たちと仲良くなってしまった。
そして幼馴染と30年の時を経たツーショット。
本当に良い個展をありがとう!
次は是非県外での開催を実現させましょうね^^
さて、写真の話題でもう一つ。
先週の日曜日、7月2日。
以前にも紹介した映画「ゴンドラ」のプロデューサー
貞末さんが撮ったドキュメンタリー映画
「ぼくは写真で世界とつながる」を
大阪・九条のシネヌーヴォーで観てきました。
自閉症という障がいは
かなり個人差はあるものの
理路整然と言語で伝えるというのは
困難なことが多く
日常生活でも沢山の不便を抱えることになります。
しかし、人は誰しも「表現」したいのです。
自分が見たものを見たまま感じたままに
自分の思いや考えや
わかって欲しい気持ちをちょっとでも他人と共有したい。
この映画の主人公である米田祐二さんは
「表現」のツールとして写真を手に入れました。
彼が体験して感じたことや
伝えたいことの全てが
「写真」を通して家族や周りの人に伝わる事で
彼の世界が広がっていきます。
彼に障がいがあるか無いかなど関係なく
「写真」で彼に関心をもつ人もいるでしょう。
それは、障がいに無関心であった人が変わるきっかけになるかもしれません。
個人的には、
彼が「写真」と出会うまでの日々に
支援者として心を動かされました。
それは特に家族の対応と言っていいかもしれませんが
何に対しても諦めていないこと
当たり前の事が「出来る」と信じること
そして、隠したり排除したりせず
共に居ること。
家族だから「障がいを受容して当たり前やん!」というかもしれないけど
家族だからこそ難しいことが多々あります。
特に米田祐二さんのお兄さんの話がリアルでした。
家族と世間の温度差もよく伝わってきます。
生熊も日々障がい者さんと一緒に働いているので
もうそれが当たり前で何か特別な感情も特にないのですが
ただ、世間に入ると
つかみどころのない漂うような「偏見」を何となく感じます。
自分達には関係ない「無関心でいたい」という気持ちが
「障がいを受容して当たり前」を家族や支援者だけに押し付けています。
それは、本当に難しいんですけど
そこを徐々に打破しなくちゃなあ、、
なんて、改めて感じた映画でした。
一人でも多くの障がい者が自由に自分を表現し、
ありとあらゆるコミュニケーションツールが
世間で認められ使われるようになりますように。
米田祐二さんが開いた世界への扉は、
きっと私達も米田祐二さんを覗く入り口になっているから、
米田祐二さん、どうぞよろしく。
そんな気持ちになりました。
貞末さんとの出会いにも感謝です。
皆さんも機会を見つけて鑑賞してくださいね。
全然押し付けがましくない、
自然体がとてもいいドキュメンタリーです。
では、最後に次回予告!!
なんと!!!JiRiTsがネットショップを始めちゃいます♪
サイドメニューのリンクに
なにやら新しいリンク先がある事に気がついた人もいるかしら。
ふふふ。
いよいよお披露目の日が近づいてきました。
どうそお楽しみに!!
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