2017年5月8日月曜日

映画『ゴンドラ』によせて

GW はいかが過ごされましたか?
代表の生熊です。

今年のGWは、遠出はしなかったものの、
色々と充実していました。

今月のブログネタは全てゲットした感じですよ^^

と言うわけで、まずはGW 前半のお話しから。
ちょっと長文になるので、覚悟してください。笑




先月29日、
私の住んでいる大阪九条の映画館シネ・ヌーヴォで
映画『ゴンドラ』を観ました。

ご近所にあるミニシアターということで、
目の前を通る度に上映される映画のチェックをしているのですが、
その時にたまたま見かけたチラシの小さな記事とその写真に
心がザワザワしました。

こういうザワザワには敏感です。
チラシには30年前話題になった映画のリバイバル上映という事しか書かれていないし
小さな1枚の写真には小学生と思われる女の子が向こうを見つめる白黒の写真

悲しんでいるようなのに、睨んでいるような、
訴えているようなのに、拒んでいるような

そんな姿の写真が1枚。

その上に強烈なコピー
「あなたには居場所がありますか?」

このまっすぐなコピーと
たった1枚の写真と数行の紹介しかないのに、、
気になってしまったんです。


しかも今回のザワザワはかなり強い。
これは絶対行かなくちゃ!咄嗟にそう思いました。

インターネットの無かった時代は映画館のチラシが全ての情報源でした。
あるいは、映画マニアのフリーペーパーのレビューから
自分のアンテナにピピっと来たものを観にいくということをしていました。
だから自然とこうした感覚が磨かれたのかもしれません。

でも、今は事前にどうしても調べてしまいますね^^;

映画『ゴンドラ』を調べていくうちに
よくわからない事がおき始めます。

伊藤智生監督って、もしかして・・・・
「TOHJIRO」監督??

ある業界では巨匠と呼ばれる類の方です。
まさか!と思いましたが、同時にもっと興味が湧きました。

気になる方は調べてみてくださいね^^;

しかも、監督の舞台挨拶があるという事で、
「いつ行くのか?」というのも本決まりとなりました。

シネ・ヌーヴォでも小さい方のスクリーンに8割ほどのお客さんが座りました。
いつもは一人で観る事が多いのですが、
今日は弊社の映画ブログで記事を書いてくれているライターと一緒です。

映画は静かに始まりました。

都会の高層ビルの窓を清掃するゴンドラ。

そのゴンドラに乗り清掃をする青年。
青年はいくつかのオフィスの窓を拭きます。
オフィスでは忙しく大勢の人が働いていますが、
誰も窓を拭く青年には見向きもしません。

それだけで、彼が味わっている「孤独」が伝わってきます。

ゴンドラから真下を覗けば
多くの車が流れていく。

その雑音が・・・
海の音と重なります。

その内に音は風景を作り、青年に「海」の幻想を見せるのです。

一方、都会で生きる少女は、
プールの授業中に自分の体内から流れ出す血液をみて倒れてしまいます。

保健室で目覚め、
一人で「生理用品」を購入して帰宅する少女。

画面はぐにゃぐにゃと歪み
その時に覚える妙に不快な感覚だけが彼女の存在を表しているよう・・・

それだけで彼女もまた「孤独」を味わっているというのが伝わります。

1986年、11歳(という設定)のこの少女「かがり」は
奇しくも私と同い年。

テレビから流れるスタイリッシュな「生き方」や
きらびやかな都会とは切り離された「岡山の田舎」に住んでいた私は、
何故だかものすごく「現実味がなかった」のを覚えています。

そのころの岡山の田舎は
雑誌が東京の3日遅れで販売となり、
ファッションビルと呼べるのは岡山駅前にあった「ビブレ」ぐらい。

しかし、そこで売られていた「DCブランド」は高額で手が出ず、
大衆の味方「ダイエー」でなんとなくそれっぽいものを見繕っては、
「個性」という言葉に憧れを抱きコーディネートを考える日々。

そのうち私は「ファッション業界」で働きたいと思うようになります。

「個性を大事に」や「個性を伸ばそう」というメディアの流れを受けて
スローガンだけは掛け変わったはずなのに
学校では「協調」だの「統制」だのを当たり前のように強いられて

何が本当でどの言葉を信じればいいのか・・・
「現実味のない世界」
その時は真実なんてどうでもよかったのだと思います。
誰もわからなかったと思います。

だってバブル(泡)だし。。

多分、それは今でもあまり変わらないんじゃないかな。

しかも、小学校時代から集団になじめなかった私は
中学入学してすぐにひどい「いじめ」にあいます。

登校を渋る私を両親は最初学校に行かせたいようでした。
1ヶ月ほど両親とじっくりと話をした後、
明言されたわけではありませんでしたが
「無理やり登校しなくていい」と私の味方になってくれました。

両親は私の味方でしたが、世間からは

「登校拒否児」

その時はそう呼ばれました。
そして(いじめを受けているにもかかわらず)立派な「問題児」というレッテルまで貼られました。

実は「不登校」というより私はこの「登校拒否」という言葉が好きです。

登校できないのではなく、あえて「拒否」しているという
自らの意思を示しているみたいに聞こえませんか?

日中、しんとした住宅地で
真夏の日差しの中を一人で歩けば
「かがり」ちゃんと同じく「ぐにゃぐにゃ」と視界がゆがみました。

その後、私は学校だけでなく社全体をも「拒否する」ように
「心因性難聴」という方向へと進んでいきます。

冒頭部分だけでいつもはフタをしている「出来事」が
ボロボロ飛び出してしまいました。

その後、青年と少女かがりは「文鳥」の死をきっかけに出会うことになります。

ー死んじゃうと、生きてたことってどこいっちゃうのかな?

この「かがり」の台詞は
私が自殺を考える時にいつも頭に思い浮かんでくる言葉と同じです。

この言葉が思い浮かぶと私は「自ら死ぬこと」が空しくなります。
こんなにこんなに辛いのに
私が「生きていたこと」が「死ぬ」ことでふわっと消えてしまうのは
何だか許せないのです。

この台詞を聞いて「ああこの映画には死者は出ないな」と安心しました。
これは、みんなが「必死に生きている」映画なのです。

もちろん少女かがり自身もそうですが、
彼らを取り巻く「家族」もまた様々な事情を抱えて「生きて」います。

かがりの両親は
さえない作曲家の父と懸命に夜の仕事で家庭を支える母という設定です。
言い争う中で離婚を選び、
シングルマザーで「かがり」を育てる母のプライドたるや凄まじいものがあります。

離婚したことで負い目を背負いながらも
自分の質を落としたくない母はきっと夜の仕事でもトップクラス。
という事は「お客さん」とのお付き合いも多く、きっと物凄く忙しいことでしょう。

英語のレッスンを受け、メイクや髪型に気を使い、
常に自分を高く保ち続けなければならない。
このプレッシャーと「子育て」の両立はそれほど簡単ではない。

だから「こんなに必死で働いているのは誰のためだと思っているの?」というオーラを
かがりに浴びせ続けます。

男女雇用機会均等法が出来たばかりのこの年、
もっともっと女性の働く現場は厳しかっただろうし、
ましてやシングルマザーの境遇なんて陽の当たらない草道みたいなものだったでしょう。

でも、それは今の時代、改善されているのか?と言われると
そうでもないのかな、と近年起きたいつくかの痛ましい事件などを見ると思います。

シングルマザーのかがりの母親、彼女もまた孤独なのです。

それを象徴する台詞があります。

かがりは死んだ文鳥を一度は土へ埋めようとしますが、
それを諦めて一時的に家に持って帰ります。
文鳥を保管するため彼女が選んだのは母親の「弁当箱」

その中にそっと文鳥を入れ、冷蔵庫に仕舞うのです。

ふとしたことでその弁当箱を見つけてしまう母親は
叫び声をあげて文鳥をゴミ箱に捨て、狂ったように全身をシャワーで洗い始めます。

そこへかがりが飛び込み「文鳥をどこへやったの?!」と母親に詰め寄ります。

母親は文鳥はゴミ箱へ捨てた、とかがりに吐き捨て、その後・・・

ーお母さんの子どもの頃からのものはあの弁当箱だけだって知っているでしょ!!!

この母親がどんな背景を持っているのか?というのは映画の中では描かれていません。
しかし、子どもの頃からのものが「弁当箱ひとつ」というこの台詞が
彼女がどれだけの思いでここまで生きてきたのか、
そしてかがりを産み育て、
この都会で必死に生きているのかというのを強烈に伝えてくるのです。

そんな大切な「弁当箱」に死んだ文鳥を入れられた悲しみ、そして怒り
でも、それがまた自分の子どもの手によってもたらされたもので・・・
行き場のない思いが渦巻いていきます。

これは壮絶な「子離れ」だと感じました。

しかし、この一時の「許せない!」という思いも、
やがて帰ってこない娘を心配するという正常な軌道に戻ります。

失って始めて気付いた自分の気持ち。

それは青年の田舎でも同じようなことが起こります。

文鳥を弔うために青年はかがりを連れて北の田舎にある実家を目指します。
そこで、かがりは「家族」の温かさに触れていくのですが、
その「家族」もまた母が必死に守った存在でした。

青年の父親は漁師なのですが、
病気で働けなくなりその後アルコールに溺れ、暴力を振るい
挙句、脳梗塞で半身に麻痺が残った状態。
そんな夫が働けなくなったら自分が朝から晩まで働いて、
病気をすれば介護をして支え、今も夫によりそう青年の母親。

きっとこの母親は「離婚」という選択は思いもしなかったでしょう。
だからこそ、ここまで強いられた「忍耐」と「孤独」が画面から滲み出ます。

青年は母親のそんな姿に「歯がゆさ」を覚えます。

そして「あんな父親なんか病気した時に死んでしまえばよかったのに!」と口走ってしまいます。

今、青年と同じような台詞を思いながらでもかみ殺して
必死で家族の介護をしている人たちがいます。

私の父親も最初は心筋梗塞、その後に脳梗塞を患い、
一時的には麻痺も回復して自分の足で歩いていましたが
何度か発作を起こした後に半身不随で麻痺がのこり、車椅子で生活をしていました。

朗らかで、活発で、歌の好きだった父親の顔が
麻痺のためにこわばり、
ほとんど表情を動かさなくなったのを見た時には衝撃を受けました。

リハビリは続けていましたが、それほど回復もなく
長く家族で介護を続けていく中で
閉塞し疲弊する母親や妹をみていると息苦しくなる瞬間は沢山ありました。

その時には私はもう心理に関わる仕事もしていましたから、
このままでは母親や妹が潰れる!と感じて、
地域の介護の相談やヘルパーの活用を提案しました。

結果、デイケアという形で介助が入り、お風呂や食事の負担がぐっと減りました。

多分、あのままだったら
「あんな父親なんか病気した時に死んでしまえばよかったのに!」と
家族の誰かが口走ってもおかしくない状況だったと思います。


かがりに必要な「家族」という集合体は
「家族」だから起きてしまう問題も抱えていて、

これが「現実」なんだとスクリーンからはっきりと突きつけられているように感じます。

そういえば「機能不全家族」なんて言葉がありますが
香山リカさんだったか、上野千鶴子さんだったかが
「機能健全家族」なんて存在するのか?と言われていて妙に納得した覚えがあります。

不自由のない幸せな家庭で育った子どもが事件を起こす、
最近はそれも「よくある事」だと感じませんか?

それとは逆に「機能不全家族」で育った子どもの逞しさを私はたくさん見てきました。


きっとこの少女かがりもそして青年も同じだと思います。
サバイブ(生き残る)する力がある。

映画では結論は描かれていません。


しかし、映画を観終わった後の
監督を交えたオフ会で、
プロデューサーの貞末麻哉子さんからひとつの結論を聞きました。

かがりを演じた上村佳子さんは、
当時本当に「登校拒否児」だったそうです。
※私もこの時に始めて知って「ええええ?!」となりましたが。。

上村佳子さんはこの映画に参加して、
大勢の中で怒られ、期待され、ひとつの事をやり遂げる中で
かがりと同様に自然な笑顔が出来るように変わったそうです。

すごい!!
こんな結論が聞けるなんて思っていませんでした。

人が人と関わっていく中で癒されて、また歩み出せる。

そこには薬も魔法もありませんが、
「人間同士」でしか感じあえない「何か」がそれを可能にするんですね。

それを「こころ」と言ってもいいし
「居場所」と言ってもいい。

ーあなたには「居場所」がありますか?

台詞の少ない映画ですし、それほど説明もありません。
だからこそ邪魔されずに
色んなことを考えながら、感じながら観ることが出来る映画です。

大阪・九条のシネ・ヌーヴォでは
なんと7週にわたってのロングラン上映ですので、まだまだ間に合います!

是非、劇場で観てくださいね!
ゴンドラ公式サイト


最後は伊藤智生監督とのツーショット。





30年の時を経て、
60歳で映画界への再挑戦に踏み切った監督にものすごく熱いものを感じています。

トークショーやオフ会では次回作の構想まで聞いてしまいましたので
楽しみで仕方ありません。

そこには私の大好きな女優さんが主演で参加されるとか。。
心から完成を望んでいます!!

そしてプロデューサーの貞末麻哉子さんは
多くのドキュメンタリーを撮り続けていらっしゃいます。

静岡県富士市にある生活介護事業所でら~とを舞台にした
「普通に生きる~自立をめざして~ 」

は私も気になっていた映画なので、
どこかで機会をみて是非見たい!と思っています。
障がい者の普通に生きるという中には
「働く」も含まれていて欲しいなぁと思うのですが、果たして、、
映画を観るのが楽しみですね^^

この日は貞末麻哉子さんの撮った最新作
「ぼくは写真で世界とつながる~米田祐二22歳~」のご本人が
なんと私と同じ回で「ゴンドラ」を観ていました。

会場に漏れる彼の「きれい」という感想こそが、この映画の「画」の魅力です。

もう一度言いますが、ぜひ劇場で観て感じてください。

本当に「いい映画」と出会えた一日でした。
全ての人との出会いに感謝です。


3 件のコメント:

  1. ネタバレあり
    あなたに居場所はありますか?は、blogに書かれたように、かがりちゃんや良さん以外の全員が抱えていて、その表現と、乗り越えてゆく物語が良かったです。
    監督の東京のトークイベントでは、書かれているように、当時のかがりちゃんが、映画冒頭そのものの状態で出会ったらしく、冒頭の孤独感の説得力に納得が出来ました。
    一方、後半にかがりちゃんが笑顔をみせる場面は、海のシーンとの関係があることも、トークイベントで言っていたので、大阪シネ・ヌーヴォで監督から聞ける機会があれば尋ねてみてはどうでしょう?
    by 緑の屋根

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    1. >緑の屋根 様
      コメントありがとうございます。
      海のシーンに関係があると、、
      なるほど!笑顔は人との関係だけではないようですね。
      次は監督からそういうお話も聞いてみたいものです^^
      (生熊)

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